自分的調査報道

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インターネット前と黎明期にHネタはどうやって探していたのか

よく尋ねられるので、さらっと書いておく。

 

■インターネット前

 

ずばり、雑誌による写真と漫画だ。

写真雑誌の類いで書くと、週刊なんとかと言われる普通の雑誌の他に、GORO、スコラ、週刊プレイボーイなどH系雑誌が一番入手しやすかった。これが初級者向けだった。

上級になるにつれ入手が難しくなっていく。

上級者向けのブツは街の小さな書店にしかなかった。当時はAmazonなんてないし、そもそも通信販売は怪しいものの象徴で書籍に限らず通信販売でものを買うのは今よりも勇気がいる行動だった。

誌名なんて覚えてないけど、各ページの一番重要で知りたい部分が黒塗りやメッシュ細工してある写真誌。だいたいそういう系の雑誌を置いてある書店は限られていて、コーナーがたいていは設けられていた。コーナー自体の面積が小さいから他に人がいると滞在しにくいし、さらに周辺に女の子がいたらコーナーに近寄りづらくてハードルがめっちゃあがった。この感じはビデオレンタルの18禁コーナーの出入り時の感覚に似ているのかもしれない。ただ当時の書店はコーナーを仕切るものはなかった。店内の他の客が同じ目的の同類かどうかがお互いになぜかわかるというレーダー能力、シックスセンスを学べる場でもあった。

また近づけてもまだ大きな関門があった。それはGOROなどの雑誌と違い、知ってるタレントやセクシー女優がそういう雑誌には出ておらず、さらにはページがめくれないようにビニールカバーがかかって中身が見れないのだ。つまり見た目は自分の美的センスによる選球眼、表紙を細かく観察することで彼女の各ページでの行動を推察する想像力が養われていくのだ。

だから店内のコーナーに人がいなくて、多くのこちらを向く女性(表紙)から全集中の動体視力で短時間に選び出し、かつレジ店員が男、この瞬間に立ち会えたものだけがGETできる逸品だった。当時は補導や周囲の目というのがあり、たいていの年頃の男子は勇気がここ一番試されるシチュエーションだった。

写真誌は「お宝」なので貸し借りはあまりなかった。もらえたときは彼にとって中古の存在になったときだから、なんとも言えない。読者が男ならわかるよね、この微妙な気持ち。好みもあるからたいていは自分でGET活動をしていた男子が多かった。

あと父や祖父がなぜか持ってたり、道とかに落ちてた(?)雑誌PLAYBOYやPenthouseはまさにグローバル化、海外への扉だった。黒塗りやメッシュが無くバーチャルではあるものの知りたい深淵に一番最初に近づけた瞬間でもある。

一方、漫画の方は友達との貸し借りがよくあった。貸してくれて一番衝撃を受けたものは松○聖子似のエロマンガ書籍だった。タイトルは覚えていないが文中では本名の蒲池○子で描かれていて絵がご本人に似ていることもあり大変感銘を受けた。が、漫画では次の行動には移せなくて美術鑑賞に留まった。確かこの書籍は裁判あったんじゃないかな。ググっても出てこないからわかんない。こういうのをたくさん読破することで少年漫画とは異なる大胆なストーリー展開、絵の構図、人の感情の機微を学び人生の幅が勝手に広がっていくのだ。

 

いったん筆をおく。

 

忘れないよう今後のインデックス

・Hな雑誌自販機

・各地にあった啓蒙施設:秘宝館

パソコン通信niftyserve

・ある事件(PGF)

・インターネット始まる